NIKON new FM2
T80亡き後、しばらくカメラ不在の日々が続きました。そのまま一生を終えるはずだったのが、会社に入って一変しました。曲がりなりにも出版社に入り、編集者になってしまったからです。カメラマンを使う余力がない零細編集部だったので、自分で会社のカメラを使って取材する日々が続きました。
そのうちに自分でも欲しくなって、会社の備品カメラと同じものを買いました。それがニコンのnew FM2です。カメラ好きの方ならおわかりかと思いますが、写真学校の学生御用達のフルマニュアル機です。当時は写植時代の終焉で、編集者がゲームの画面をカメラで直接撮影しており、フルマニュアル機が重宝されていたのでした。
すでにT80で撃沈したキヤノンがEOSで反転攻勢を強めており、AFカメラが普及期に入っていました。しかし、T80のシーンセレクトしかできなかった仕様にもどかしさを感じていたため、フルマニュアル機はかえって好都合でした。もっとも、おかげで失敗しまくりの大変な目にあうんですが……。
たしか入社二年目の夏のボーナスで本体とストロボを中古で買い、レンズはニッコールレンズで50mmのf1.2を新品で買いました。その後135mm、28mm、モータードライブと買いそろえていきました。先輩も同時期にF3を買い、羨ましかったですね。ちなみに上司はFE2を持っていました。この影響で会社の備品がニコンになったのでした。
当時仕事で撮影する写真は大半が取材時のポートレート撮影でした。先方の会社にお邪魔して、会議室などでパシャリとやるわけです。当然そのままでは光量が不足するのでストロボ撮影となります。しかしnew FM2はTTL調光に非対応でしたので、フィルムのISO値と被写体との距離から適正絞りをストロボのダイアルで調べて、自分で設定する必要がありました。これが非常に苦手でした。
というのも当時、モノの本には「ポートレートは絞りを開けて被写界深度を浅くするとバックがぼけて云々」と書かれていたのですね。
ところが会議室で写真とを撮ると、被写体までの距離が1.5~2mくらいになります。シャッタースピードはnew FM2だと1/250なので、IOS値にもよりますが、だいたい絞りをf16くらいまで絞らないといけない。そうすると当然、被写界深度が深くなってパンフォーカスになる。それが嫌だから絞りを開くと、今度は真っ白な写真になるわけです。
当時はDTPが印刷業界で始まったばかりで、Photoshopもあまり普及していませんでした。再撮影なども時間的に難しかったので、写真に失敗したら誌面が文字ばっかりになるわけです。幸いにもモノクロの雑誌で色味は関係ありませんでした。ストロボで失敗したくなかったので、ほとんどストロボを使わずに撮ってましたね……。
だいたいISO400で、50mmのレンズで、シャッタースピードは1/60で、f1.4とかで撮ってました。フィルムはモノクロでした。そうすると希に、背景がきれいにぼけて、すごく良い感じの写真が撮れたりするわけです。それを見て「やっぱりこれだよなー!」とひとりごちたりする。そんな風に写真にはまっていきました。
new FM2は国内外でホントにいろんな所に持っていきました。初めての海外取材で台湾に持っていって上司から借りたストロボを落として壊して自費弁済したのも懐かしい思い出です。あとフランスとかスペインとか。国内だと佐渡島とか仙台とか金沢とか。いろんなことを学ばせてもらいました。そのぶん失敗も数かぎりなくしましたけど……。
ホントはずっと持っていたかったんですが、フリーになった時に背に腹はかえられずヤフオクで売却しました。本体とレンズ3本とストロボとカメラバックで5万5000円で売れましたが、後から物言いがついて5000円返金することになり、5万円になりました。機会があれば買い直したいんですが……。
写真は1998年~1999年ごろの千葉マリンスタジアムです。この頃よくロッテの応援に行っていました。初芝や小宮山といったベテラン勢に加えて、小坂や黒木やサブローや清水が現役で黄金時代を予感させました……。
CANON T80アートロボ
なんだか気がつけばいろいろカメラが増えてしまったので、昔のことを思い出しながら、それぞれの思い出について書いてみることにします。
64歳で他界した父親は貧乏性なのに(生涯、軽自動車に乗っていた)見栄っ張りなところがありました。それまで写真なんて「写ルンです」に毛の生えた程度のプラカメ専門だったのに、ある日いきなりAF一眼レフを買ってきて周囲を驚かせました。
それがキヤノンT80「オートボーイ」。同僚がミノルタα7000を買ったのでうらやましくなり、社販で買ったそうです。本体とズーム2本とストロボのフルセットでした。おそらく15万円くらいしたはずです。高校生の時でした。後から考えれば普通にα7000で良かったんですが…
ジーコ・ジーコと迷いまくるAFと、シーンモードのみでシャッタースピードも絞りも設定できないという、まさに「ロボ」な仕様でした。しかし腐っても一眼レフであることに変わりはなく、それまでのプラカメとは段違いの出来映えに大興奮。
特に生まれて初めて撮った望遠レンズでのポートレート(祖母!)は「写真ってすごい!」と思わせるに十分なものでした。
このカメラはその後、修学旅行に野球応援にと大活躍しましたが、大学生の時にヨーロッパに貧乏旅行に行った時に持っていって盗まれてしまい、そのままになってしまいました。当時のことなのでネガなども全て捨ててしまっており、わずかに残っていたのが岩国基地の基地感謝祭のスナップのみ。1988年のことです。
インテリ風のお爺ちゃんが見守る中、高射砲でたわむれる子供たち。時代ですね。
昔のネガなので変色がはなはだしく、ざっと修正しましたがこの程度・・・
生まれて初めて外国人がわんさかいる場所に行き、海外を肌身で感じました。
今なら真正面できちんと撮るところですが、微妙に斜めっているところが残念。
当時「ファントム無頼」という漫画が好きでした。これもノーズが微妙に見切れていて残念。
基地の子供たちも今は本土に戻っていて、良いおじさん・おばさんなんでしょうね。
前述のようにT80ではシーンモードを選ぶだけで露出はカメラ任せだったので、手ぶれを避けるためにずっと「動体優先モード(的な何か)」で撮影していました。これが偶然にも絞りが浅く、ふわっとした写真を量産することにつながりました。
当時の安いプラカメは、ほとんどピントが無限大で絞りは固定(要は「写ルンです」と同じ)だったので、非常に新鮮でしたね…今でいう「コンデジからミラーレスにステップアップ」的な体験でした。
「デジタルゲームの教科書」 フリートークラジオ #20
いきなりですが今日の午後10時から「デジタルゲームの教科書」フリートークラジオ #20に出演します。GDC11の体験記みたいな内容です。今回は僕と今鳩さん、ひきち君の3名でゆるいチームを組んで、過去にない文量の記事を上げました。これを参考にしながら聞いてもらえると嬉しいです。
フリートークラジオの詳細はこちら。
http://www.s-dogs.jp/dgame/Event/radio01.html
GDC記事参考一覧(小野憲史・今鳩越前・ひきちこうき)
■ローカリゼーションサミット
多言語音声収録ミステリーツアー、5カ国のローカライズ担当者が語る効率の良い音声収録の方法論
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3183
ゲーム体験だけでなくローカライズも新次元に導いたキネクト
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3186
ビジネスに重要なのは愛だろ、愛!BioWareにおけるローカライズプロセスについて
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3189
ビジネスに裏打ちされたローカライズ・・・NC Softの『Guild Wars』
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3190
中東諸国のゲーム市場の現状と課題・・・いずれは成長市場に?
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3209
■講演
クラウドゲームの世界が着々と・・・ゲーム機不要の「OnLive」最新アップデート
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3250
日本の同人ゲーム海を渡る・・・世界で高い評価を受けた『洞窟物語』
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3258
ゲーミフィケーション、明日から使える60のハウツー
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3197
43歳の女性が遊びたいゲームとは?Zyngaの女性プロデューサーが語る「萎え」と「萌え」
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3208
ゲーム開発者が選んだ2010年のベストゲームとは? 鈴木裕氏がパイオニア賞
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3221
伝説の開発者が語る『ピットフォール!』誕生秘話
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3232
日本と世界を繋ぐ第一歩に・・・IGDA日本が初のラウンドテーブルを開催
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3231
ゲームの完成前に予約で資金集め、前代未聞の取り組みで制作『ナチュラルセレクション2』
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3236
■キャリア
今年のパブリッシャー/デベロッパーの採用動向をチェック
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3243
新卒一括採用のない米国でゲームの職を得る方法
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3237
ゲーム業界で考えていた方がいい10のレッスン
http://www.inside-games.jp/article/2011/03/09/47819.html
■パーティ
大盛況のUnityパーティでは自作ゲームを見せ合う光景も
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3229
あの大物や憎い演出の特別カクテルも!スピーカー限定の「レベル99」
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3235
IGDAが主催するパーティ、そしてホテルでも・・・
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3239
電気自転車
上海では思いがけず、たくさんの電気自転車を見ました。原付に肩を並べるか、へタすりゃ多いかも・・・。ピカピカのものからボロボロのものまで、ホントにいろいろでしたね。
この記事にもありますが、スーパーカブがアジアの街を席巻する光景も、次第に過去のものになりつつあるのかもしれませんね。そういやスーパーカブは一台も見なかったな。。。自動車王国日本の優位性が足下から崩れつつあるのかもしれません。
一方でこんなリヤカー付き自転車も現役。庶民の足の代表は相変わらず自転車です。カオスですね。
その一方でリニアモーターカーまで作っちゃうのが今の中国。時速300キロ(最高時速410キロ)は快適でした。なんつーか、いろんなモノが一つの時間軸で混在していますね。。。
*これ以外の写真はこちら。
上海2010 |
上海なう
明日から始まるチャイナジョイの取材のために上海に来ています。
いろいろ細かいトラブルはあったけど、なんとか無事にホテルにチェックインして、インターネットも使えるようになりました。
たとえば入国検査の列で飛行機の座席にiPhoneを忘れたと勘違いして、大慌てで職員に探してもらって、電話をかけてもらったらカバンの中から着信音がしたとかw
ホテルでインターネットがつながらず、英語ができるマネージャ(でも片言)を呼んでもらって二人で頭をひねって、パソコンを再起動したらつながったとかw
ちょっと舞い上がってるというか、地に足がついてない感じです。
中国はこれで3回目ですが、前回がひどかったからなあ。冬の北京&上海に来て、あまりの寒さに腰が神経痛になり、満足に歩けなくなったとか。。。
ちなみに空港から最寄り駅までのリニアモーターカーは非常に快適。最高時速300kmはすごいですね。びっくりです。
上海万博のせいか、上海の人がみんな親切なのも驚いた。地下鉄も殺人的な人混みって感じでもないし、街に活気があるなあと。
でもtwitterはつながらなかったし、googleも香港のサイトに飛ばされて、細かいところで中国ですねw
おかげで久々にはてなでブログ書いてます。
境川CR
子どもの日は半年ぶりくらいに自転車に乗ってポタリングしてきました。
鎌倉駅まで輪行してスタート。海沿いを片瀬江ノ島まで走ります。すごい渋滞だったけど自転車ならすいすい。鎌倉駅から片瀬江ノ島まで30分!
引地川から北上して川沿いを走り、国道1号線で右折して大船市街から境川に移動。ちょっと迷って大回りになったけど、なんとか接続。大たこ揚げ大会で河原には演歌が流れてました。県道43号線を右折した方が良かったかも。
春のうららの境川。のんびりしてますね。江戸川や利根川に比べて川幅が小さく、アットホームな感じ。でも川岸はコンクリートでびっちり固められていて、水鳥の姿がほとんど見られなかったのは残念。
相鉄線で勢谷から緑園都市まで再び輪行して帰宅。いい休日でした。ちなみにデジカメは転倒して破損するのが恐かったので、いささかロートルのCaplio RR300。撮って出しだと絵がガビガビでしたが、レタッチでかなり綺麗になりました。